ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

 【第55回】転ばぬ先の労働法


                   弁護士法人Bridge Rootsブリッジルーツ 

             弁護士 秋 山 理 恵

 

―第5回:情報漏洩をした情報サービス会社部長に対する懲戒解雇等の有効性(ブランドダイアログ事件/東京地裁平成24年8月28日判決)―

 

1 事案  ※本テーマに関係するところのみ抜粋しています

 Xは,インターネットによる情報サービス等を業とするY社に,平成21年6月に誓約書(①秘密情報について,Yから明示に許諾がある場合を除いて,無断で社外に持ち出し,送信,保存をしない旨,②秘密保持義務に違反した場合,就業規程に定める懲戒の対象となる場合があることなどを了解する旨の記載あり)を提出し,同年7月からY社2部の部長として,基本給48万円で雇用されていました。しかし,Xの働きぶりが部長職として不適格であるとして,平成22年4月1日付で部長職降格及び月額給与5万円の降級処分とされました。また,Xは平成21年12月18日と24日の2回にわたり, Y社商品の販売代理店であるZ1社の代表取締役Z2に対し,Y社の顧客リスト(約3800社)をメールにて送信していました。これを知ったY社は,平成22年4月8日,Xを懲戒解雇しました。そのため,Xは,①懲戒解雇の無効,解雇後の賃金の支払いを求めて提訴しました。

 

2 裁判所の判断

 裁判所は,以下の理由から,Xの行為はY社の就業規則に規定されている懲戒事由に該当するものの,諸事情を総合考慮すれば,Xを懲戒解雇に処することは酷に失するといわざるを得ないから,Y社の行った懲戒解雇は無効であるとしました。

・Xが顧客データをZ2に送信した意図は,Z2の下に転職し,同顧客データをZ2に不正利用させるところにあったのではなく,Y社商品の販売代理店であるZ1の営業を促進させ,Y社の売上を伸ばすという面があったことは否定できないこと

・顧客データ送信により,現在までに,Y社に実害が生じた形跡は認められないこと

・Y社経営陣のXに対する悪感情が,懲戒解雇という最も重い処分に結び付いた可能性を否定できないこと

・Y社が,Xが使用するパソコンに保存されていたメール等,当時把握していた資料についてすら十分に検討することなく,また,Z1社等に対する照会等当時行い得た調査を十分に行うこともなく,Xの懲戒解雇に踏み切ったことを推認させること

 

3 ポイント

 使用者による懲戒権の行使は,企業秩序維持の観点から労働契約関係に基づく使用者の権能として行われるものですが,就業規則所定の懲戒事由該当事実が存する場合であっても,当該行為の性質や態様等の状況に照らし,それが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当性を欠くと認められる場合には権利の濫用に当たるものとして無効になるとされています。

 本件では,まさに,Xの行為は懲戒事由に該当するものの,諸事情を総合考慮すると,懲戒処分とするには客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当性を欠くとされました。

 

4 転ばぬ先のチエ

 就業規則所定の懲戒事由に該当する事実がある場合,すぐに懲戒解雇になりそうな気がしますが,懲戒解雇が労働者にとって最も厳しい制裁手段であり,不利益を与えるものであることから,上述のとおり,その他の事情と相まって,酷に失する場合には懲戒解雇は無効とされます。懲戒解雇が無効となると,雇用契約が継続していたこととなり,その間の賃金が発生するだけでなく,原則的にはその後も従業員として勤務し続けることになります。

 従業員を懲戒解雇する場合には,懲戒事由に該当するかだけではなく,その他の事情も含めて十分に検討し,慎重な判断が求められるところです。

 以  上

 


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