ブリッジルーツの日本・中国・韓国見聞録

 【第59回】転ばぬ先の労働法


                   弁護士法人Bridge Rootsブリッジルーツ 

             弁護士 秋 山 理 恵

 

―第6回:会社を批判する内容の手記を出版した従業員に対する懲戒処分の有効性(S銀行事件/大阪地裁平成12年4月17日判決)―

 

1 事案  ※本テーマに関係するところのみ抜粋しています

 日本有数の都市銀行であるS銀行に雇用されているXらは、『トップ銀行のわれら闇犯罪を照らす 告発する銀行マン一九人と家族たち』と題する出版物に手記を掲載しました。同出版物には、黄地の帯に、

・前略S銀行頭取様、あなたはこんな差別と犯罪を知っていて許しているのですか。

・こんな悪事を働く(銀行)だったとは!誰も知らない仮面をはぎとれば・・・

・世間の半分以下の給料、尾行、見せしめ配転

・強制残業にカエレコール

・妊産婦に差別

との記載がなされ、同手記は、

・序章  前略S銀行頭取様

・第1章 銀行マンいじめはいま・・・

・第2章 銀行マンの二四時間スケッチ

・第3章 サービス残業、今もはびこる

・第4章 S銀行ウラおもて

・第5章 尾行、人権無視の百貨店ですか

・第6章 バブル崩壊後の銀行で

・第7章 労災認定患者15人の職場から

 の8章からなり、賃金・男女差別、サービス残業の日常化、および、不当な配転などのS銀行における経営姿勢や労働実態等が書かれていました。なお、Xらは組合内少数派として、以前から労働条件の向上運動等を行っていました。

 そこで、S銀行は、書物が出版された後、書物がS銀行を誹謗・中傷するものであり、その中には虚偽もしくは事実を著しく歪曲した表現が含まれ、S銀行の名誉信用を毀損した等として、就業規則に基づきXらを懲戒処分(戒告)としました。

 そのため、Xらは、S銀行に対し、懲戒処分の無効確認をしました。

 

2 裁判所の判断

 裁判所は,

・形式的には懲戒事由に該当するとしても、主として労働条件の改善等を目的とする出版物については、①当該記載が真実である場合、②真実と信じる相当の理由がある場合、あるいは③労働者の使用者に対する批判行為として正当な行為と評価されるものについてまで、これを懲戒の対象とするのは相当ではない

・本件は、処分の相当性を欠き、懲戒権を濫用したもので無効である

と判断しました。

 

3 ポイント

 本件出版物には、「魑魅魍魎」の世界、「社畜」、「人間の仮面をつけた鬼」、「専制支配」、「奴隷」等の記載がありましたが、その多くは異なる体制を標榜する者の労働運動において使用者側に対してされる常套文句というべきもので、それが本来の意味で遣われているとは読者の誰も考えないであろうし、そのことのみで誹謗中傷ということはできないとも判断されています。

 

4 転ばぬ先のチエ

 経営者としては、会社の経営方針等を批判されると、何事か!懲戒事由に該当する会社の秩序を乱す行為ではないか!懲戒処分は当然だ!と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、わが国において、正当な言論は許されていますので、従業員を懲戒解雇する場合には、懲戒事由に該当するかだけではなく、その他の事情も含めて十分に検討し、慎重な判断が求められるところです。

 以  上

 


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